オレは、何もかもが上手くできない


自分の感情を表現することも

想いを伝えることも


だって、全ては必要のないことだから



The Song For Doll・・・



研ぎ澄まされた聴覚が何かの音を捉える。
風に乗って微かに聴こえるそれは、歌声のようだった。


ただ、なんとなく


その歌声に惹かれるように、足は海の方向へ向かっていた。
歌声が聴こえてくるその方向へ。




真夜中なので海は暗く、黒い水面が緩やかに波打っていた。
ただ月をその水面に映して。
ゆらゆらと、静かに揺れるだけ。




一つの岩の上に、歌声の主である少女が居た。

周囲には誰も居なくて、その少女は一人だった。
一人で誰も居ない海に向かって、歌っているだけ。


その歌声は


悲しく

優しく

儚げに


静かに響くだけ





「・・・こんなところで、何してんの?」

唐突に口から出た言葉に、特に意味なんて無い。

「歌を歌っていたの」

少女が振り向くと同時に答える。
一応気配を消して背後に居たはずなのに、気づいていたんだろうか。
少しも驚かずに、唐突な問いに答えてみせた。


「こんなところで、一人で?」
「ええ・・・キミは?」


「・・・オレは・・・仕事帰り」


『仕事』という言葉が相応しいかどうかは、分からないけど。
一応嘘は言ってないつもりだった。

少女はそう、とだけ言ってそれ以上は追求はしなかった。



不思議に思わないのだろうか。

いきなり自分と同じぐらいの年(多分)の男が居て、
しかも血塗れの黒いコートを着ていて、仕事帰りだという。


『人間』で、この事を不思議に思わない奴なんて居ないだろう。

ただ、目の前の少女を除いては。



「キミは・・・歌は好き?」

少女は真っ直ぐにオレを見て、そう言った。
その瞳の色は暗くて分からないけれど、不思議な輝きを宿している。

「好きでも嫌いでもない」

その瞳を見つめ返す事はできずに、下を向いた。

「そんな事考えた事もない」

何故だろう。
聞かれてもいない事まで言ってしまった。

不思議に思ったのだろうか、少女が首を傾げるのが見えた。



ああ、そうか

彼女は『人間』だから、考えるんだ

好きとか、嫌いとか

でも、オレには要らないから

だって


「だってオレ、“人形”だし」


そう

オレは人形





『Murder Doll』

これがオレたちの総称

人を殺すためだけに、『創られた』人形


人間の能力の限界以上を超えた代償は、薬の服用

よくは分からないけど、定期的に薬を飲まないと生命活動が停止するんだって


『人間』として産まれたはずなんだけど

『人間』を殺すために『人形』と創られた


それがオレたちの存在理由





「・・・人形?」
「知らない?『Murder Doll』って」

自分の血塗れの上着を広げて、顔に付いた血を袖で拭う。

左手の甲に刻まれた、『人形』の証がチラと見えた。
『人間』から見れば畏怖の対象である証。



普通だったら、オレの正体を知ったら逃げ出すだろう。

だって、今にも殺されるかもしれないんだから


それなのに目の前の少女はふっと微笑んで、砂浜に足を付けた。
そして、ゆっくりとオレに近づいてきた。


信じられない行動に少しだけ戸惑っていると、少女がそっとオレの手に触れた。


「―――っ!!」

少女所の手を反射的に手を振り払う。


―近ヅク人間ハ全テ殺セ―


そんな言葉が頭を支配していく。



ヤメロ

チカヅカナイデ


殺シテシマウカラ




「・・・・どうして」

頭は抱えて、搾り出すように出した声はひどく弱々しく。
目の前の少女の行動が理解できなかった。

「だって、キミは私の歌を聴いてくれたでしょ・・・」

少しだけ顔を上げて、少女のほうを見た。
少女は微笑んだまま、言葉を続けた。


「それはキミが、歌を好きだからなんじゃないかな・・・・?」


聴こえてきた声なんて、無視すればよかったんだ。
それでも足を向けてしまったのは、その声に惹かれたから。


『人間』に興味を示してしまったから



「・・・違う・・・オレは人形だから」

人間は殺すための対象にしか過ぎないはずなのに。


なのに、どうして


続かない言葉が途切れると、少女はもう一度オレの手に触れた。

証のある左手を、小さな両手でそっと包み込む。


「キミの手は冷たいね・・・だけど、ちゃんと血が通っているよ」

少女の両手が力を増す。
決して痛くはなく、どこか心地がよい。


「それにね、手が冷たい人は心が暖かい人なんだよ」

「・・・そんなの嘘だ」

オレは心なんて持っていない。



少女は手を離すと、また真っ直ぐにオレを見つめた。

「そうかもしれないね・・・でも、キミは生きているよ」


人形は生きていない


「キミには、心があるんだよ・・・」


心なんて必要ない





今までの存在理由を全部ひっくり返されたようで、どうしていいか分からない。

ただ、頭の中で声が響く。


殺シテシマエバイイ

イツモノヨウニ



そうだ、オレは『人形』だから

『人間』なんて殺してしまえばいいんだ

だけどどうしてだろう

目の前の少女だけは、殺したくない



下を向いたまま、口を開く。

「・・・また歌を聴きに来てもいい?」

「もちろん・・・私は夜はいつもここに居るよ」






帰らなくては、『人形』の住む家に。

そしたら、またいつもどおりに『人間』を殺すのだろう。


だってそれが、オレの存在理由



そしてまた、ここに来よう

歌を聴きに

殺したくない『人間』の、彼女に会いに



だけどオレは、心のない『人形』だから


この気持ちは何なのか分からないままに


今日も彼女に会いに行く






*WHITE×BLACKの蓮見悠様から強奪(!?)して参りました!!*

っきゃぁぁ!!(落ち着いて下さい) 早速頂いてしまいました!

先日相互リンクを繋げさせて頂きました、蓮見様の素敵小説です。

ホント、美しい言葉が綺麗に綴られてて、感激です!

ダーク目で、でもとっても読みやすくて・・・尊敬です。

蓮見様、本当に有難う御座いましたvv








love top