――アナタの幸せは 誰かを幸せにしますか?





ズダダダダッ



例えて言うなら、機関銃を壁に向かって打ったような音。いや、実際に打ったことはないけど。

とにかくそんな感じの音を、爽は耳元数cm横で聞いた。


…………


時には認めたくない事実もあるわけで。

耳元の壁に刺さっていたのは、色とりどりの……ボールペン。文房具屋とかに売ってるアレだ。

何をどう間違っても、壁に突き刺さるモノじゃないと思う。

だけど、現実に爽の耳元数cm横、壁にボールペンは突き刺さっているわけで。


どうしたものかと、ぎこちなく首を前に戻してみる。

現実を見極めるためと、ボールペンから目を背けたいのと二通りの理由から。

そこで見た現実は、もっと目を背けたくなるようなモノでした。



「ニヤニヤ笑ってる暇があったら、手ぇ動かせ!」

「いやだなー、しょーちょー。大変な皆のために、笑顔をプレゼントーと思ってー」



手にしたボールペンを目にも止まらない速さで壁に投げつける大層美人なお姉さんと、

そのボールペンを笑顔で避けるお兄さん。

避けた場所に突き刺さるボールペンは、先ほどのより気持ち深く刺さっている気がする。

正直に言って、物凄く帰りたくなってきた。


「……ったく、所長も先輩もいい加減にしてくださいよ。仕事終わらな……あれ」



壁に突き刺さった、ボールペン(最早新種の凶器にしか見えやしないけど)を抜こうとした、

もう一人の優しそうなお兄さんと目が合った。

それでやっと気付いたらしい、美人さんと笑顔のお兄さんも、コチラを見た。



「……こ、こんにちは」



危険じゃない仕事って、聞いたのにな。





― Linked the happiness ―





「あぁ……確かに黒斗が言っていたな。うん」



ボールペンを凶器に変える美人なお姉さんは、なんと所長さん。

所長ということは、どうやら此処の一番偉い人。そして店長の知り合いらしい。

目の前に座ってみれば、何だか凄い威圧感を感じる。

さすが、店長の知り合いというところだろうか。


「……まあいい。アイツが寄越したなら、それなりに使える人材なんだろうよ」

「わー、これで仕事も楽になりますねっ!」


ボールペン避けのお兄さんが、嬉しそうに手を叩いて喜んだ。

いやいや、仕事の内容によりますよ。

変に期待されてダメだったら、ボールペンの餌食になりそうだし。


「えっと……それで、俺は何をすればいいんですか?」

「アレだ」


そう言って所長さんが指差したモノ。

それは、膨大な紙の山。

デスクの上に詰まれた紙は、最早爽の身長など軽く越している。果てしない紙の山だ。

この場で地震があったら、間違いなく紙に潰されて死ぬであろう。


「書類の処理、及び整理…出来るんだろうな?」


なるほど。店長が自分を此処に来させた理由が分かった気がする。

GRAYにおいて、こういう仕事を一番得意とするのは、間違いなく爽であるから。

正確には、嫌でも得意になったのだけど。

爽は真っ直ぐに所長を見て、口を開いた。


「……出来ますよ」


仕事ならば、引き受けねばならない。

例えそれが、どんなに危険なデスクワークでも(危険なデスクワークなんて聞いたことないけど)


爽の肯定の返事を聞いて、所長は小さく笑った。


「上等。やり方はそこの奴に聞けよ」


所長さんの視線の先には、先ほどボールペンを抜こうとしていたお兄さん。

ボールペンは既に抜かれて、ペン立てに綺麗に収まっている。

お兄さんは目が合うと、少し気まずそうに笑った。


「よーし、仕事再開するぞー」

「あ、ちょっと待ってください」


大事な事を一つ聞き忘れていた。


「……此処って、いったい何をする事務所なんですか」


その質問に、三人は互いに顔を見合わせた。

何か言いにくい仕事なんだろうか。


「何って……」

「えーっと……」

「まあ、その……」


三者三様の呟きを口にしながら、三人は仕事内容を口にした。

その一言は、三人綺麗に揃う。



「「「サンタクロース」」」



爽の知っている『サンタクロース』は、書類整理に追われたり、しない。



*************************



一枚一枚書類を処理していく。中々に地味な作業だ。

『サンタクロース』という言葉通り、書類にはプレゼントらしきものの予算額とかが書かれている。

しかし時々明らかに『プレゼント?』と、思うようなモノがあるのは何故だろうか。

そして親も子供がそんなモノ欲しがると思っているのか。


「ねーねー」

「はい?」


前のデスクに座る先輩(とお兄さんが呼んでいた)さんが、笑顔で話しかけてきた。

何で笑顔かって分かるかというと、先輩さんは器用にも書類の隙間から顔を覗かせているからだ。


「一体全体、普段は何のお仕事をしてるわけー? 何かやけに手馴れてるっぽいしー」


爽は作業の手を止めずに、質問に答える。

パソコンか。今の子供はこんなモノ欲しがるのかな。



「えーっとですね、表向きは普通の喫茶店で、でも実は……」



そこまで言って爽は、はっとと作業の手を止めた。


でも、じつは。

『裏向きでは何でも引き受ける店なんです』

…何て言えない。言えるわけが、ない。

しかも『何でも』の範囲がかなり広いなんて。


ピタリと動きが止まってしまった爽を、先輩さんが不思議そうに見つめる。

爽は内心の動揺を隠して(本人は隠しているつもり)一息で言い切った。



「実は裏とか表とか何もないごく普通の喫茶店ですしいて言うならコーヒーが美味しいです!」



何とも言えない沈黙。我ながら不自然すぎる言い訳だと思った。

ほら、先輩さんもお兄さんも不思議そうな顔で、こっちを見ているじゃないか。

所長さんだけは本当のことを知っているのか、笑いをかみ殺している。


「……最近の喫茶店は、書類整理とかするんだね」

「しますします! よくやります!」


嘘です。『普通』ならそんな事はしないと思います。

そんな言葉を飲み込んだ爽は話題を変えようと思い、思いついたことを口にする。


「えっと、それにしても、この仕事って凄いですよね」


思いついたことをそのまま口にしてしまったが、ふと考える。

確かに『サンタクロース』を職にしている人たちが居ることには驚いた。

だけど、そうじゃなくて。



「なんて言うか、何の犠牲も無しに人を幸せに出来るって……凄いと思いますよ」



自分が、『裏』の世界で与えられる幸せなんて、所詮は仮初め。

この人たちのくれる幸せとは違うモノ。

たくさんの血と犠牲の上に成り立つ幸せ。

それでも、自分は、そんな幸せを選んだのだけれど。



黙り込んだ爽を不審に思ったのか、他の三人も作業の手を止める。

重苦しい沈黙。

それに気付いた爽が慌てて顔を上げる。

マズイ。また自分から墓穴を掘るような発言をしてしまった。



「…と、ところで、どうして皆さんが此処で働いているんですか?」



自分が誤魔化しが下手なのは、今日一日でよく分かった。

それでもお兄さんは、その下手な誤魔化しに使った問いに悩む素振りを見せる。


「…さあ、どうしてだったんだっけ……」

「はいはーい! 俺あるよー、ちゃんとした理由!」


曖昧なお兄さんとは反対に、先輩さんは勢いよく手を挙げる。

その拍子で書類の山が倒れそうになった。危ない。



「俺はねー、ぶっちゃけねー……自分の幸せのため!」



しあわせ。

ただし、自分のための。

悪い事ではないと思う。むしろシンプルで素敵だとも思うけど。



「……先輩、それはどーかと思いますけど。仮にもサンタクロースだし」

「なんでなんでなんで! 所長みたいな美人が居る、この事務所で働けて幸せじゃん!」



お兄さんの事はどうでもいいんですか。

先輩さんの幸せの理由である所長さんは、聞いているのかいないのか。

黙々と作業をしているあたり、聞いていないフリかな。

もしかしたら、こんなの日常茶飯事なのかもしれない。



「そして俺の幸せが、結果としてー、子供たちの幸せに繋がるというわけで!」



いっけんらくちゃくーと、先輩さんが一人拍手している。

それを見たお兄さんは、呆れ顔で作業の手を再開した。

それでも、その呆れ顔には微笑みが混ざっているように爽には見えた。



自分の幸せが 他人の幸せに 繋がる


だから人は 自分の幸せを追い求める



ああ なるほど そういうことか



爽も作業を再開しつつも、口元だけで小さく微笑んだ。

簡単なことだけど、とても大切なことを教えてもらった。


『幸せ』


それはとても単純なことで、人それぞれ違うモノで。

此処の人たちはそれを与えてくれて。

そしてそれは、この人たちの幸せに繋がるのかもしれない。


何となく暖かな雰囲気に包まれた室内。

……だと思ったら大違いだ。

何かが風を切るような音がしたと思えば、先輩さんの姿が見えなくなっていた。

代わりに、先ほどまで先輩さんが居たところの後ろの壁に、真っ赤なピンヒールが突き刺さっていた。

深く突き刺さったそれは、先輩さんの眉間の高さにピッタリな気がする。



「……黙って仕事しろって言ってんだろ。お前の幸せは全然私の幸せにが繋がらねぇんだよ!」

 自分が幸せならそれでいいってのか。私の睡眠時間が削られてもいいってのかぁオイ!!」



もちろんと言うか何と言うか、凶器を放ったのは所長さんのわけで。

この所長さんにの怒りの形相、一生忘れられないな……。

間一髪、凶器を避けた先輩さんは、ぶーぶー言いながら仕事を再開した。

壁に突き刺さったピンヒールを見たお兄さんは小声で

「普段は3.2cmで、ご立腹だと3.5cmの刺さり具合」

だと教えてくれた。なるほど。



とまあこのように、幸せのカタチというのは人それぞれ。

結局人は、自分の幸せを追い求め続けるわけで。


それでも もしかしたら 自分の幸せが誰かの幸せに繋がるかもしれない


それに気付けたことは、爽にとっては小さな幸せ。

そしてそれを教えてくれた人たちは、『幸せ』を届けてくれる人たち。




優しくて 面白くて でも時々怖くて それでもやっぱり素敵な 季節外れのサンタクロース




――幸せを届けてくれて ありがとう







   *   *

WHITE×BLACKの蓮見悠様のサイト10000hit記念企画に便乗させて頂きましたvv
ウチからは『幸せ宅配便』の三人を、悠さん宅からは交差点の爽君を出して頂きまして。
何と言うか、あんな奴らをこんな素敵に書いて下さって本当に有難う御座いましたというか。
私が書くのより奴らが生き生きしてて、斑咲が生みの親でごめんなさいって言いたくなります(…。)
先輩の働いてる理由は私も知りませんでした(オイ)。でもとても頷けました。確かにそんな感じ。

こんな素敵なモノを頂いてしまって、下げた頭が更に地面にめり込む思いです。
調子に乗った私如きのリクに応えて下さって本当に有難う御座いました!
そして最後になりましたが、10000hit本当におめでとう御座いますv

悠さん宅WHITE×BLACKへはリンクページからどうぞ。爽君や黒斗君もいますvv

あの、そのうち私も悠さん宅のキャラ貸して頂いてもいいっすか……?(ぽそっ)






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