「おっはよーございますですのー…っとうっ!!」
すたんっ…と軽い音を立てて壁に突き刺さったのは、赤い飾りの付いた綺麗な黒塗りのかんざし。
凶器としては結構正統派かもしれない。そういえば昨日は某時代劇やってたっけ。
椅子から立ち上がって、またひとつ増えた壁の穴からかんざしを引き抜く。ざっと3,2cmといったところ。
先輩、15分も遅刻したのに。今日の所長はご機嫌模様。
*俺の幸せ宅配便*
「所長、どうしたんですか今日は。やけに嬉しそうじゃないですか」
先輩が新しく増えた配達区域の地図をソファでせわしなくごろごろしながらインプットしているのを横目に、俺は所長に尋ねる。
と、俺の言葉に、それまで黒いかんざしを左手で玩んでいた所長が俺の方に意識を向けて、くっと目を細めた。
「……嬉しそう、か?」
「ええ、それはもう、ものっすごく」
「ふふん、そうか、嬉しそうか……ふふっ」
所長は俺の言葉を反芻して、そしてまたそれはそれは楽しそうに笑った。
彼女のことを知らない人が見るときっと見蕩れてしまうであろう美しい笑顔。
しかしそれは所長を良く知る俺にとっては不安材料以外の何物にもならなかった。
と、訝しんでいる俺を見て、何が面白いのか所長は更に笑みを深くする。
「まぁそう不審がるな。すぐにお前にも分か…」
る、と、所長が台詞の最後の音を発しようとして、それを止めた。
否、止めた訳ではない。それより更に大きい音が、所長の声にかぶさって聞こえなかっただけだ。
所長の声より遥かに大きい、ガラスが割れて崩れる音が。
「ふぅ……」
飛び込んできたのは、野球のボールでもサッカーボールでも、勿論バスケットボールでもバレーボールでもなく。
ひとりの、おんなのこ。
「……………………」
「へぇ…お前が」
あまりの出来事に空いた口が塞がらない俺と、ニヤニヤしながらその光景を眺める所長。
先輩だけは、未だにソファに寝そべっていた。
*
割れた窓ガラスの処理もそこそこに、さっきまで先輩が寝転がっていたソファに客人(?)を座らせる。
所長は相変わらず自分の席でニヤニヤしているし、先輩は今度はデスクに突っ伏してぼさっとしているしで、客人(?)には存外にお構いなしの様子である。
窓ガラスを割って、入ってきた客人(?)なのに。
「あのー…えっと……」
「はい?」
「その、えっと……」
「何でしょう」
「…………」
「…………?」
「と、取り敢えず、コーヒーでいい、かな?」
「いえ、お構いなく」
無理だ。
何せ仕事が仕事だからある程度の事象には慣れているけれども、流石に此処まで突拍子も無い事態に追い込まれるのは俺の人生初の出来事だし。
お構いなくと言われてもそもそも窓ガラス割って飛び込んできた少女を構わない方が難しいだろう。弁償してくれるんだろうか。
全くもってどうしたらいいか分からないので取り敢えず所長に救援要請の視線を送ってみる。
が、軽く流される。俺が年下のおんなのこ相手にあたふたしているのを見て楽しんでいるらしい。酷い。鬼畜だ。
そのまま視線を先輩に向けてみるが、『年下は守備範囲外なの〜』と言わんばかりにへにゃへにゃしていた。
孤立無援。そんな四字熟語が頭に浮かんだ。というかきっとこの中に常識人は俺しかいないんだ。俺が何とかするしかない。
「……っと、じゃあ、幾つか質問、いい?」
「ええ、私に答えられることなら」
「それじゃあ取り敢えず……君、誰?」
「正義の味方です」
痛い子だった。
うっかりツッコミを忘れてしまうくらい痛い返答だった。
仕方がないのでスルーしてみることにする。自分のツッコミスキルの低さに軽く涙が出そうだ。
「あー…っと、じゃあさ、どうして、わざわざ、窓ガラス割って入ってきたの?」
弁償してくれという思念波をさり気なく織り込みながら彼女にぶつける。
そう、こんなどう見ても高校生の少女にでさえ弁償代をたからなければならない程度にはこの会社も財政難。
そんな内輪事情を知ってか知らずか彼女は淡々と俺の質問に答える。
「格好良いじゃないですか」
「……へ?」
「ご存じないですか?こういう登場の仕方する魔王」
「いえ、残念ながら……って、魔王?」
よりによって、魔王。あんたさっき正義の味方名乗っただろうが。じゃなくて。
「ひとんちのもの破壊しちゃいけません、って小さい頃に教えられなかった……?」
「ええ。でもまさか敵の根城にのこのこと入り口から入っていくだなんてRPGの主人公のような間抜けな行為は流石に恥ずかしかったので」
じゃあ窓から入るのは恥ずかしくないのか。っていうか今RPGのボス城攻略端から否定しやがったな。あれは浪漫だ。
……っと待て。
「……敵?」
「ええ」
「……君と俺達が?」
「そう取れませんでしたか?」
「……………………」
所長、もう無理です俺。
*
「……敵、ねぇ」
目の前に座った女の子の少々どころか多大に危ない台詞にもうツッコミを入れることさえ放棄した俺に代わって、ウチの大ボスである所長が口を開いた。
「敵…うん、今ひとつ適切じゃないな。正確にはお前は私の敵の弟子だろう?」
「あんな人の弟子だなんて気持ちの悪いことを言わないで下さい。ただ、あの人の敵は私の敵ということになっているだけです」
「へぇ……まあいい。そろそろ来る頃だろうとは思っていた。だがあいつ本人が顔を出さないというのは非常に気に喰わない」
と、所長はものすごーく悪い笑みを浮かべ(これでは本当にこっちが魔王だ)、続けた。
「なあ、どうオトシマエつけてくれんだ、おじょーさん?」
「ちょ、所長……」
あまりにもな所長の言い方につい止めに入る。魔王どころかタチの悪い借金取りのようだ。サンタなのに。
「んあ?」
案の定所長はなんだよ今イイトコだったのにと言わんばかりに不機嫌になった。恐。じゃなくて。
「いや、ほら、確かにどう見ても普通に見えないですけど一応女子高生みたいですし、セーラー服着てますし、そんな恐がらせるような言い方しなくても……」
俺の弁明もしどろもどろ。それを聞いて、所長は訳知り顔でにやり、頷いた。
「なんだお前、セーラー服フェチか」
違。
「まぁなんだ、アレだったら私が着てやるから」
あんまり嬉しくないですと言ったら殴られた。
「…そうじゃなくて、ほら。もう少し友好的にいきましょうよ。折角こんな可愛い子が訊ねてきてくれたんですし」
「敵ですけどね」
「そう、敵ですけど…じゃない!何人が一所懸命説得しようとしてるのに全て泡にしちゃってんだよ!」
「大丈夫です。貴方の説得ではそもそも気泡さえ発生しませんから」
それは物理的な意味でだろうか。というかそうじゃないと流石に傷つく。
「まあまあ落ち着け。大丈夫だ。私達が求めているのはあくまでスキンシップだから。なぁ?」
「ええ。傍から見ていても心暖まるふれあいです」
「……それは、本当に触れ合うだけ、という意味ですか?」
「「……まあ、個人差はあるけどな/ありますけどね」」
駄目だ。絶対に駄目だ。この二人を野放しにしたら窓ガラス破損では済まされない。
全く、この人達の辞書には和平という言葉は無いのだろうか。
と、精神的に疲れ切ってしまったところで、俺はさっきから一言も発していない人の存在に気付いた。
「先輩、黙ってないでこの事態の収集に努めて下さい……って、あれ?」
居なかった。
さっきまでぐだぐだだらだらしながら俺達の遣り取りを聞き流していたはずの先輩が居なかった。
ちょっと待てドアまで行くにはどう頑張っても俺達の目に映ってしまうはず……と、考えて、気付く。先輩のデスクの後ろにある窓が開いている。
跳んだらしい此処三階なのに。まぁ回転しながら窓突き破って入ってくるのがアリなら出るくらい造作も無い事なのかもしれないけれど。
嗚呼、俺はこのまま普通とはかけ離れた事態でさえ受け入れてしまう人間になってしまうのだろうか。
「……所長、先輩が脱走しました」
「……………………」
返事は返ってこなかった。
俺が目を離したたった数秒間で、彼女達はばっちり臨戦態勢に入っていた。
一触即発、ピラニアの喰い合い。日本の川だって在来種の宝庫なのに。
そんなどうしようもない在来種の俺には、彼女達のふれあいという名の激闘を見ている勇気もましてや止めに入る勇気もない。
「……せめてこれ以上破損箇所を増やさないようにして下さい」
そう一言言い残し、先輩を探しに行く事にする。
俺が帰ってくるまでこの建物が原型を留めていればいいのにと切に願いながら。
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