そう、これは昔々の御噺です。ある所にいた、男と女の物語―――。
*芥川*
やっと俺にも好機が回ってきたらしい。
長年追い続けてきた女を遂に連れ出す事に成功した。
今思えば少しストーカー掛かっていたかも知れないが、そんな事はどうだっていい。兎に角俺はやったのだ。
彼女は俺とは違って良い所の娘さん、つまりは生粋の箱入り娘だ。
現に、先刻芥川のほとりを走っていた時なんて、視界に入るもの全てを物珍しそうに見ていた。
挙句の果てには草に降りた露の事を「此れは宝石か何かですか?」と惚けた顔で訊ねてきた。
急いでいたので咄嗟には答えられなかったが、ここまでくればもう鉄箱入りと言っても過言ではないんじゃないだろうか。
でも、そんな彼女も愛しく感じるとは、俺もヤキが回ったものだ。
まぁ、それも幸せの形ではあるのだろうけれど。
そんなこんなで、俺と彼女は芥川に沿って走り続けていた。これからの道程は長い。
暫くすると、辺りは夜の闇に呑まれてしまった。
更に悪い事に、雨まで降ってきたのだ。天は俺達に何の恨みがあるっていうんだろう。
彼女の様子を見て、これ以上進むのは無理だろうと判断した俺は近くに在った汚い小屋に彼女を押し込めた。
彼女にあまり苦労させたくなかった。
これから行おうとしている事を考えると、其れは無理な相談なのかもしれないけれど。
でも、危険な目にだけは遭わせたくないから。
だから俺は蔵の前に座って、表を見張りながら朝が来るのを待ち続けた。
雷は未だに鳴り響いていた。
* * *
初めて、外に出ました。
子供の頃から「お前は良家の息子と結婚するんだ」と言われ続けてきました。それこそうんざりする程に。
ですから私も、自分はそうやって生きて、そうやって死ぬんだと、ずっとそう考えていました。
でも、彼が現れて、私を連れ出して下さった瞬間、全てが変わったんです。
初めて見る景色、初めて感じる風。
外には白玉などよりも美しい物が沢山ありました。
私は、とても幸せでした。
ですが、今は―――。
私は異形の存在に囚われ、腕を喰われてしまいました。
身体の一部が破壊される感覚に気が狂いそうになって、何度も悲鳴を上げました。
ですが、その声は彼には届きません。
きっと外では、雨が地面を打ちつけ、神が騒いでいるのでしょう。
折角、外に出られたのに。折角、これから彼と一緒に様々なものを見られると思ったのに。
ねぇ、お願いです。
助けて、下さい………
* * *
夜が明けた。
あれ程煩く鳴っていた雷の音は止み、只、静かに雨が降り続けていた。
そろそろ出発しなければと、俺は彼女が居る蔵の扉を開けた。
そう、彼女は其処に居る筈だった。
しかし、俺の目には彼女の姿は映らない。其処に在るのは只、虚空だった。
否、何も無い訳ではない。何メートルか先の足元には、彼女のものらしいどす黒い赫が散らばっていた。
そしてそれを見た瞬間、俺は全てを察したのだ。
彼女が居たであろうその地点に駆け寄り、彼女の名を呼ぶ。
そんな事をしても彼女は戻って来ないと判っていながらも、俺は何度もそれを繰り返す。
俺の所為だ。
俺がちゃんと彼女についていていてやれば、こんな事にはならなかった筈だ。
俺が彼女についていてやれば、露よりも素敵なモノを彼女に見せてあげられた筈だ。
俺は極限まで自分を責めたが、それでもこの何とも形容しがたい感情を消す事は出来なかった。
荒んだこの世界には、只虚無だけが広がっていた。
白玉か 何ぞと人の問ひしとき
露と答えて 消えなましものを―――――
+++後書きという名の反省会+++
先ずは一言。御免なさい。
一度やってみたかったんです。古典のオマージュ的な感じのものを。
国語の時間にこちゃこちゃ書いてました。凄く楽しかったです。
という訳で、伊勢物語から“芥川”でした。
著作権とか大丈夫、ですよね・・・?
何方かその道に詳しい方で「やばいっ」って思った方がいたら教えて下さい(爆)。
一応オニーサンとかに訊いてみたりはしたんですが。
あ、そうそう、今回もお世話になったオニーサンには特別感謝です。
ではでは、此処まで読んで下さって有難う御座いました!
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