「例えば、の、話ですけど」


そう前置きして、彼女は話し出した。


「どうしようもなく不幸な映画があったとします。大事な人が死んでしまって、主人公が独り取り残されて。

 殆どの人が心を痛める、切なくて悲しい物語。皆が口を揃えて悲劇っていうような。

 でも、それを見て、誰かが酷く感動して、例えば今までよりも他人に優しくなったとしたら。

 さて、その映画はその人にとって、“バッドエンド”と言い切れるでしょうか?」







*The End of this Road*







映画というメディアは金儲けの為なら事前にストーリーをばら撒く事をも厭わないという不思議な面を持っている。

僕自体話を進める前に先の情報を知ってしまう事を酷く嫌う面があるから、この傾向は結構頂けなかったりするんだけれど。

今回だけは、この僕の嫌いな手法を取らせて貰う事にしよう。

その方が僕達の物語をすんなりと受け入れて貰えるだろうから。



最後には、彼女は死んでしまうんだけれど。



だけど、否、だからこそ。

最後までどうか、付き合って欲しい。


彼女の最後の痕跡に。







みーん、みーん、と蝉の啼く声が響く中、僕達はバスに乗って山奥の村を走っている。

都会よりも幾分気温が低いらしい。窓から吹き込む風が火照った肌に快かった。

隣では僕の大学の後輩が気持ち良さそうに眠っている。

昨日ちょっとハシャぎすぎたんですよ。旅行なんて久し振りですから―――。

そういってはにかんだように彼女が笑っていたのが今朝の9時頃。

鈍行列車を乗り継いで、1時間に1回来るか来ないかというこのバスに乗っている現在が大体午後の3時。

前日たっぷり眠った僕でさえヘトヘトなんだから、彼女の疲労は余程のものなのだろう。


そもそもどうして僕達が何時間も掛けて態々こんな田舎に来たのかというと、それは3日前に遡るんだけど。

彼女が、向日葵を見に行きたいと言ったのだ。

都心からは距離があるけれど、それはそれは見事に咲いているところがあるから、と。

そんな彼女に巻き込まれ、こんな辺鄙なところまで来てしまったという訳だ。


バスの窓からはちらほらと明るい黄色が覗いている。

彼女があれ程見たがっていた向日葵が、空を仰いで凛と立っていた。

向日葵は太陽の子ども、なんていう隠喩をよく聞くが、成る程、眩しい程にきらきらと光っていた。


バスのスピードが段々落ちていく。

隣で寝ていた彼女が、うんっと背伸びをして立ち上がった。

棚上の大きな荷物を引き摺り下ろし、運転席横の小さな箱にお金を入れると、彼女は子どものように両足でバスから跳び降りた。

運転手さんに軽く頭を下げて、僕もその後を追う。


ある程度の間隔を置いて並べられた向日葵の間の小径を、僕は彼女の後ろについて歩いた。

特別歩幅が狭い訳でもないけれど、お世辞にも速いとは言えない彼女の足取りに合わせて、ゆっくり、ゆっくり。



僕達は今、とある目的地に向かって歩いている。

彼女曰く、沢山の向日葵が踊るように咲いている場所、らしい。

どうやら彼女はその場所に深い思い入れがあるようだ。

酷く綺麗に、そして酷く憂えげに僕にその情景を語った彼女の表情は、深く印象に残った。



唐突に、彼女がくるりと僕の方を向いた。

特に何も無い(といっても両側には向日葵が咲いているのだが)所だから、此処が目的地ではないのだろうけれど。

彼女は僕の顔を見つめた後、ふと言った。

「何も、訊かないんですね」

「え?」

「や、ほら、凄く急な事だったし、行き先とか理由とかも全然なのに、何も訊かないんだなぁって」

「……?訊いて欲しかった?僕あんまり他人の事に干渉とかしないタイプだから……」

「知ってます。でも……はい、そうですね。やっぱりいいです」

何だよそれ、と僕が言う前に、彼女はまたくるりと向きを変えて歩き出した。

相変わらずよく判らない娘だ。


確かに彼女が突然向日葵を見たいだなんて言い出した理由が気にならない訳ではない。寧ろ凄く気になるけど。

只、きっと彼女には彼女なりの考えがあるのだろうし、それに僕が干渉する所以もない。

彼女が話せば聞くけど、態々僕から尋ねるのも、なぁ…。

まぁ、こんなだから親友できないんだろうけど。



彼女は先刻以来また黙々と道を歩き続けている。

僕も彼女の後ろをゆっくり歩いていく。



沈黙が痛いとは思わない。寧ろ心地好い位だ。

静かな空間が苦手だ、という人もいるけれど、僕はそんな風には思わない。

黙ってるからこそ、って事も沢山あるんじゃないだろうか。丁度行と行との合間の様に。



彼女は歩き続ける。

僕も後を付いて歩く。



考えてみればいつもこんな感じだ。

行動的な彼女に振り回されている僕は、周りから一体どんな風に見えるんだろうか。

頼り甲斐のない奴だなぁとかそんな感じなんだろう。

でも、僕達の間はこれが一番いいんだと、僕はそう思う。

女の子は誰かに引っ張って欲しい生物なんだ、と、いつか心理学の本で読んだ事があるから、彼女がどう思っているかは判らないけど。

やっぱり実は腹を立てていたりするのかもしれない。だからさっきもあんな事を言い出したんだろうか。



彼女は歩き続ける。

僕も後を付いて歩く。



まるで映画の一場面のようだ、と、ふと感じた。

何かを求めて歩き続ける、なんて。

そうだとしたら僕は彼女の恋人ポジションなんだろうか。それはそれは光栄なことで。

映画、か……。最後に観たのはいつだっただろう。



彼女はまだ歩き続ける。

僕はスピードを少しだけ上げた。



「ねぇ……」

「はい?何ですか?」

彼女の隣に並んで話し掛ける。

「君は、さぁ、最近何か映画観た?ハッピーエンドでもバッドエンドでも、それこそ面白くても面白くなくても構わないけど」

「映画、ですか?」

彼女はさも不思議そうに訊き返してきた。僕が突然こんな事を訊いたから、だろう。

そもそも僕は映画が好きな方ではない。否、寧ろ嫌いだと言ってもいいんだけど。

何故か、気になったのだ。


「観ましたよ、映画。最後にはみんな幸せになって、スクリーンの中で笑ってました」

「へぇ。そりゃあまた鳥肌並にハッピーエンドだね」

「はい。まるで白々しい程の終わり方でした」

「ふぅん…そっか」

「ええ、でも、ハッピーエンドかどうかは判りませんけどね」

「………?」

「だって、ですよ?腹立たしい程幸せそうだったんですよ、彼女達。何か私だけ取り残された気がしちゃいました」

「へぇ……それは面白い論理だね。確かに観ている方の主観によって左右される話だし」

「その通りです。流石先輩、話が解りますね。だから私、普遍的にバッドエンドの映画なんてこの世に存在しないんだと思うんです」

「んん、じゃあ君はどんなバッドエンドにも幸せを見出せるって思うの?」

「んー…そうですね、私が出来るかどうかは判りませんけど、例えば……そう、例えば、の、話ですけど」



そう言って、彼女は静かに語り出した。

僕は彼女が何を言わんとしているか上手く掴めなかったから、只、彼女の問いに返答した。



「僕は何も言えないよ。何てったってその人じゃないからね」

「いつもみたいに上手く逃げましたね。確かにその通りなんですけど」

彼女はそう言って小さく苦笑した。



彼女の歩みが止まった。

僕もそれに合わせて止まった。



眼前に広がるのは、だだっ広い只の空き地。

まるで焼き払われたかのように、土の上には生命の感覚が存在しなかった。

沈み始めた太陽の橙色の光が、余計に虚無感を引き立てている。

此処が、目的地?否、そんな筈は……。

彼女が求めていたのは、背の高い黄色が太陽を求めていて。

もっともっと、それこそ華のある場所だった筈だ。


何故か不安になって彼女の顔を窺う。

其処にあったのは、凍てついてしまいそうな冷たい無表情だった。

でも、その表情は酷く苦しそうにも見えて。

嗚呼、彼女は何かを失ってしまったんだろうなぁ、と。

一見して、そう思わざるを得なかった。



「帰り、ましょう」

そう言って彼女はくるりと踵を返した。

そのまま一度も振り向く事無く、足早に駆け出す。



行きからは想像も出来ない程早く、景色が通り過ぎて行く。

それなのに、行きよりもずっとずっと長い道程に感じた。

沈黙が痛い。

何も、訊けない。


まるで映画のようだ、と、僕はまた感じた。

そうだとすれば僕達は、一体どのようにスクリーンに映るのだろう。





次の日、彼女は、死んだ。


何て事は無い。只の自殺だ。向日葵の無い空き地に、彼女は横たわっていた。

僕が最期に見た、あの凍てつくような冷たい無表情を貼り付けて。

ふ、と、彼女のはにかんだような表情や、小さく苦笑した顔が脳裏に写る。

彼女が最後に楽しそうに笑ったのは、いつの事だっただろうか。



相変わらず蝉は煩い位に啼いていた。

人っ子一人通らない何もかもが消えてしまったその場所に、蝉の声だけが響く。

夕日なんか差していなくても、この場所は十分空っぽだった。


まるで今の僕みたいだな、と、ぼんやりと思う。

今の僕の中では、蝉さえ啼いていないけれど。



だって、彼女は死んでしまったのだから。



理由は知らない。彼女は何も話さなかった。

興味はない。僕は何も訊かなかった。



……嘘だ。興味がない筈がない。

彼女が僕をあの場所へと連れて行き、僕も彼女に連れられて行った。

まるでいつもの光景だけど、それが僕達の基本であり、全てなのだ。

僕達は此処からしか始まらないし、此処へとしか進めない。



それ、なのに。

彼女は僕を置いていった。あの広い広い、向日葵の無い空き地に。



そう、興味が無い筈がない。

何も訊かなかったのではなく、何も訊けなかったのだ。

そして、何も知れないまま、何も分かれないまま、彼女を失った。

もし、彼女に何か問い掛けていたなら、彼女の事を少しでも解していたなら、彼女は僕を置いて行ったりしなかったのだろうか。

僕は彼女を、引き止められたのだろうか。



普遍的にバッドエンドの映画なんて存在しないと彼女は言った。

それはつまり、どんな映画にも必ずハッピーエンドの余地が存在するという事だけれど。

僕達のスライドショウにも、“幸せな終わり”が在ったのだろうか。

誰かが僕達のストーリーに、幸せを見出してくれたのだろうか。









彼女にとっての向日葵が、僕にとっての彼女だった。










The end of this road,the end of the world.





*   *   *

最近またバッドエンド推奨症候群に罹ったとか。
という事で、『君に〜』に続いて死ネタ第二段。タイトルは最後まで決まらなかったので苦し紛れに英語にしてみました。
The end of this road,the end of the world(この道の果て、この世の絶望)。そんな終わり方。
英語の時間にendの項目で見つけました(何やってんだ

ハッピーエンド、バッドエンド。
それは個人の価値観の問題でしかなく。
それぞれが抱いた感想は、結局その人の感性の問題で。
だからこそ、この物語を読んで、各々の人に各々の感情を抱いて欲しい、なんて。

うっわ恥ずかしッッ!うっかり語ってみましたけど、やっぱ柄じゃないです。
詰まるところ楽しんで貰えればそれでいいのです、私は。
その時点で私にとってのハッピーエンドですから、ねっ!

それでは、書くにあたってお手伝いして下さった方と、そして読んで下さった皆様に、最高の有難うを!






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