突き抜けるような青い空と、突き刺すような空気の中、

「何、してるんですか?」

彼女は、静かに佇んでいた。

「何、って……見ての通りですが」

細い細い、屋上の縁で。





+++屋上で始まる僕たちの+++





別に、他意があった訳じゃない。

偶々昼休みに空を見上げたら、はっとする程綺麗な青色をしていたから。

だから、偶々世界史だった5限をばっくれて、ふらっと屋上に上ってみた。それだけのこと。

なのに、どうして僕はこうも間が悪いんだろう。

確かに僕は今まで17年人生やってきて自分が間の良い人間だと思ったことは一度も無かった。

遊びに出れば雨が降り、道を歩けば何かに躓く。後者は少し違う気もするけれど。

でも、折角思い切ってサボった日にこれはないんじゃないのか。


あまりにも微妙な空気が漂ってきたので、取り敢えず眼前の少女に話しかけてみる。

「え…っと、2年A組の斎賀さん、ですよね?」

「ええ、2年B組出席番号5番の大神くん。サリンジャーの本はもう読めました?」

「……流石、ですね。その調子で全学年全クラスの人の名前と借りた本覚えてるんですか?」

「買い被りすぎです。偶々、ですよ」


周りの人間にあまり興味の無い僕でさえ知っている彼女は、図書委員長の斎賀さん。

皆が一昨日の晩御飯を必死になって思い出そうとしているこの時勢に、この学校に通う690人全員の学年クラス名前を完璧に把握していると専らの噂の人。

現に今も僕の顔を見ただけでまさかの出席番号と借りた本まで言い当ててしまった。

多分図書カードの記入云々の作業で覚えてしまったんだろうけれど、それにしても驚かんばかりの記憶力だ。

因みにその所為かお蔭か全国模試でも常にトップ……らしい。噂では運動も出来るとか。えげつない。


「それで、そのサリンジャーの大神君は金曜5限のB組では世界史の授業が行なわれている筈の時間にこんなところで何を?貴方も飛び降りに?」

説明口調で物騒な事を言わないでほしい。ってか貴方も、って。もって。

「や、僕は只のサボりなんですけど……貴女は、えっと、その、見ての通り……」

「ええ、見ての通り、飛び降りです」

えげつないのは見かけだけでも言動だけでもなかったらしい。

やっぱり僕は、間が悪かった。


+++


「飛び降り、ですか」

「ええ」

確かに結構センセーショナルな行動ではあるけれど。

「……飛び降り、ですか」

「はい」

飛び降り、って、あれだよな。ひゅーっといってぐしゃっとなる、あの。

「あの、飛び降り、ですか」

「はぁ、飛び降りにあのもそのもないと思いますが」

潰れて後片付けも大変だというのに。

「何でかまた、わざわざ飛び降り、ですか」

「あの、さっきから貴方は私に喧嘩を売っているんですか?」

「え?ああ違います違います。あまりにも非現実的な現実を突きつけられて思考に言動がついていかなかったというか……」


だって、その、あの、飛び降り。

人の命がその人の手で以ってして絶たれるなんて、自分とは関係の無い世界の話だと思っていた。

それがまさか、うっかり授業を抜けてしまったばかりに、自分の目の前で起ころうとしているなんて。


「なんでまた、そんな……」

自殺、なんて。

「え?駄目ですか?綺麗だと思うんですけど、墜落死」

「……はぁ」

そういうこっちゃない。

そもそもぐちゃぐちゃになるあの死に方に綺麗も何もあったもんじゃないと思うんだけど。


「綺麗ですよ、墜落死」

そんな僕の思考の遥か遠くを見越してか、斎賀さんはもう一度その言葉を繰り返した。

今度は断定的な表現で。

「潰れるのが嫌って仰る方もいますけど、ヒトのつくりなんて元々ぐちゃぐちゃですし」

素敵な笑顔でえげつないことを言わないでほしい。

「それに、私、とっても良い色だと思うんです、蘇芳色」

「……はぁ」

さっきから特に同意もしていないのに頷いてばかりな気がするぞ、僕。

彼女の思考回路についていけない。ついていこうとも思わない。

「本当は雪の上とか、出来れば空の青の中とかでぶちまけたいんですけどね、紅」

「……はぁ」

だから、残念そうに言われてもホント困るんですけど。

あまりの話のぶっ飛び具合に僕の思考もトリップしてしまいそうだった。


「……大神、くん?」

「あ、は、はい」

「大丈夫ですか?目が現実を見てませんよ?」

貴女にだけは言われたくないです、とは流石に言わなかった。

僕にだって一応遠慮くらいはある。仮令イッちゃってる人が相手でも。

だから、言いたいことは沢山あるけれど、取り敢えず全てをぐっと飲み込んで、代わりにさっき微妙にスルーされた目下一番の疑問をぶつけてみることにする。

「それで、えっと、そもそもどうして貴女は飛び降りようだなんて思ったんですか?

 その、どうして飛び降りという死に方を選んだのか、じゃなくて、どうしてその思考に至ったのかっていう……」

「動機を聞きたい、ということですか?」

「そう、それです」


聞いてみたい、と、純粋にそう思った。

頭も容姿も運動神経も良くて、先生ウケだって抜群で。

向かうところ敵なしで、僕とは違って将来も有望のスーパーホープ。

それをどうして、捨てようだなんて。


「うーん、貴方も中々どうしてデリカシーの無い方ですね」

僕の問い掛けを遥か下の地面を覗き込みながら聞いていた斎賀さんが、くるりと回って僕の方にそう笑いかけた。

僕なりに気を使ったつもりだったのだけれど、どうやら彼女の気には召さなかったらしい。難儀なことだ。

「まぁ特に気にすることでもないんですけど……そう、ですね。強いて言うなれば“何もなかったから”ですかね」

「……はぁ?」

「貴方の問いに対しての答え、です」

「……はぁ」

頷いているように見せかけてやっぱり本気で意味が分からなかった。



何もない、と。彼女はそう言った、のか?

何もないのに、彼女は死のうとしているのか?

「あぁ、やっぱり此処は同意を得難いんですね。まぁ分かっていたことではあるんですけど……って、だからってそんな不審なモノを見るような目で見ないでください」

「あ、はぁ、すいません」

「いえ、いいんですけど。貴方今『何もなくて人が死ねるもんか』って思ったんでしょう?」

僕はこくりと頷いた。今度は本気で。

「そこが貴方と私の大きな見解の違いなんですよね。私にしてみたら『何かあるのにどうして死ぬのか』なんです」

「……はぁ」

「うーん、やっぱり分かってもらうって難しいですね。死ぬ前にこんな難題に出会えるなんて、中々素敵だと、ねぇ、そう思いません?」

「ごめんなさい」

「謝らないでください。感謝してるんですから」

と言われても、僕には彼女に思考力の無さを責められてるようにしか思えなかった。


「じゃあ、そうですね、はい、理解してもらわなくても結構です。まぁ、理解してもらえるに越したことはないんですが。

 やっぱり自分のことを分かってもらえるのって、とっても嬉しいことですから。ねぇ、愛することと愛されることって、どっちが幸せだと思います?」

「?」

理解不能な話の飛躍っぷりにまたもや頭がついていかず、僕は斜め45度に首を傾げた。

そんな僕を見て、案の定彼女はくすっと笑って、

「いや、話の本筋には全く関係ないんで聞き流してもらっても構わないんですけど」

と、そう前置きして話し出した。



「私、ね、人って愛してもらわないと愛せない生物だと思うんです。昔、愛されるよりも愛したいって歌った歌がありましたけど、

 それだって相手が自分に好意を持ってくれていると自負していなければ出来ないことですよね。

 報われない本気の想いなんて持っていても辛いだけですから。だから、自分に好くしてくれた人を慕い、愛する。そして連鎖が起こる、と」

「……貴女は、愛されたかったんですか?」

「いいえ。始めに言ったでしょう?話の本筋には関係ないんですけど、って。でも……」

そこで彼女は少し俯いて、しばらく何かを考えるようにしてから、唐突にぱっと顔を上げた。

「そう、ですね。通ずるところも無いこともないのかもしれませんね」

そう言って彼女は、僕に説明するというよりも寧ろ独白のように、歌うような調子で語り出した。


「愛されたかった……?違う。いえ、違うんでしょうか。

 私は本気にならないと報われないモノが欲しかったんです。本気になったら手が届いて、でも本気にならないと手に入らないようなモノが。

 そこで、考えてみたんです。一生掛かって本気で追い求めて、それでやっと手に入れられるようなモノが、果たしてあるのかどうか。

 ……ありませんでした、私の周りには。その気にならなくても手に入るものか、私には全く関りさえ無いようなものかしか」



それは、僕なんかには絶対に想像も出来ない領域。

僕みたいに、やらなきゃ何も出来なくて、やっても中々出来なくて。

ぐだぐだしてる割には、それなりに充実した毎日を送っている僕なんかには。



「死ぬくらいなら何でも出来る、って、言いますけど」

それまで自分に言い聞かせるように話していた彼女の言葉の矛先が、唐突に僕に向いた。

「じゃあ、死ぬくらいにならなきゃ出来ないことって、何なんですか?」

まるで、僕を責めているかのように。

「死ぬ気になった私がすることなんて、死ぬことくらいしかなかった」

僕を含めた、全てを責めるように。

「この世界は、私に何も与えてはくれなかったんです」

彼女に与えられなかった、世界を責めるように。

「死んでもやろうと思えるようなものは、何も」



彼女は思いっきり何かを責めている。

必死になって色々なものに訴えかけている。

でも、僕にはその表情は、何か淋しさを堪えているようにも見えて。



「……違うんじゃ、ないですか?」

「え……?」

それまで彼女の話を聞いているか頷くかしかしていなかった僕が急に話し掛けたからか、彼女は少し驚いて僕を見た。

「あ……」

そして、ぱっとその言葉を出してしまった僕も、驚いて彼女を見た。

「「…………………………」」

お互い見つめあったまま、微妙な時が過ぎていく。


「…………ぷっ」

沈黙を破ったのは、彼女。

「貴方、なんで自分が言った言葉に私より驚いてるんですか?すっごい顔してますよ」

そういって彼女は可笑しそうにくすくす笑い出す。

「あ、その……」

僕はバツが悪くなってぽりぽりと頭を掻いた。

「面白いですね、貴方。すっごく変」

それも貴女だけには言われたくない、と思ったけれど、やっぱり言わなかった。


「ふふっ。最期に貴女に会えて楽しかったです。いい思い出になりました」

「え……?」

「いえ、この時間は名残惜しいんですけどね。そろそろ5限終わっちゃいますので」

「あの、まさ、か……」

「ええ、そのまさかだと思いますけど」

そんな、『ちょっと飲み物買いに行きますが何か』のテンションで言わないでほしい。

「それじゃ、この辺で?」

問われても。

「あ、と、その……」

「何ですか?出来るだけ手早くして貰えると有り難いんですけど」


   
違うんです

良かったです

待たれよ!










++++++++++
上記三つの台詞からそれぞれのエンディングに飛べます。
お好きなものをお選び下さいです。






novel top
























+++アトガキ+++


はい、ということで。どのエンディングからおいで頂いたかは把握しきれませんが、『屋上で始まる僕たちの』こんな感じで終わりました。
人生初選択肢つき小説です。本当は長編でもっと分岐があってエンディング10個くらいあるのがよかったのですが私には無理でした。
そんなこんなで最後の台詞だけ。多分全く違う3つのエンディングに飛んで頂けるかなぁと。
どれかひとつでもお気に入りを見つけて頂けたらそれ程嬉しいことはありません。
「これがお気に入りかもー」なんて感想頂けたら多分鼻血噴いてぶっ倒れます(←さり気なく催促するな)。

今回も書くにあたってお世話になった方、そして、読んで下さった皆様に、これ以上ない「ありがとう」を。


此処からは各エンディング別のアトガキです。一応白抜きにしておくので読んで頂ける場合は反転をば宜しくお願いしますー。



1+++屋上で始まる・・・

正直一番書き難かったです。なんでかって、そりゃハッピーエンドだかr(ry
アトガキも一番書き難いです。ハッピーエンドなのd(ry
まぁ、誰かを傷つけるのも誰かを救うのも結局は全て自己満足なんだろうなぁというお話です。
でも、ここまで本気で自分の大切な空間を守ろうとできるんだったらそれも悪くはないんじゃないでしょうか。






2+++紅花繚乱

え?百花繚乱のもじり?その通りです。読み方は私にも分かりません(…。)
私にとって一番よくあるパターンだと思われます。この話を一つのエンディングにするならベースは多分これでしょう。
一番短いけど私の一番お気に入りはコレ…かな?バッドエンド大好きっ子なので。
思い出は思い出すから思い出。じゃあ思い出すことも無いような経験には一体どんな名前をつけるんでしょうね。余談ですがふと気になったので。






3+++スーパーヒーロー(?)誕生

「予想の斜め上を突っ切ってやる!」を目標に、じゃあ予想の斜め上って何だよって考えて、ああ、ギャグだ、と(ぇ。
しかも始めの方ちょっとシリアスっぽく行って最後だけギャグだ。予想の斜め上っていうかいっそ無茶苦茶にしてやれ!
そんな感じでこんなのになってしまいました。綺麗ななおねーさんと美少女。目の保養目の保養。
ギャグオチと言いつつこれが本当にギャグなのかどうかは永遠の謎です。






novel top